そういえば、思ったことがあるんです。
僕は、
恋人に対しては誠実に生きなければならないって思ってます。
まぁ、それは当たり前の話だと思っています。かつての自分はそんな当たり前のことができておらず、無意識だろうと彼女を傷つけてきたので、自分で強く念じることで、真人間になるというか、意識して自分の至らないところを変えていこう、と思っていましてね。その結果が今の自分の価値観です。
もちろん、あまりガチガチになりすぎるとキリがないですし、お互いに窮屈になると思います。
だから、自分たちにとって、どこからがアウトなのかってのをきちんと線引きすべきかと思います。
逆に、僕がそういう価値観を持っているからこそ、周りのカップルに実はかなり強い嫌悪感を抱いていたりします。
大学のカップルって、9割が遊びで付き合っているようなものですからね。全部がとは言いませんけど、話聞いてると、いい加減だなぁって人ばかりです。
僕には、彼女がいるのにも関わらず、酔ったのを言い訳にして他の女性とイチャイチャしているような男の神経がわかりませんし、そんな男の甘い言葉でメロメロになっているような女性も、正直気持ち悪いなって思っていたりします。
まぁ、本人達がそれで幸せなんだったら、それは別にいいと思います。幸せの形は人それぞれですしね。僕がどうこう言うものじゃないですし。ただ、思うだけです。
それに、好きな人が別にいたけどその人にフラれたから、別に言い寄ってきた女性と付き合い始めるとか。そういうパターンも結構あるんですね。
そういう時思うんですよ。
お前の恋心って何だったんだ?と。女性に対して誠心誠意向き合ってるとは到底思いません。僕はそういうのが大嫌いです。
第一、他に好きな人がいるけど、ダメそうだからこの子でいっか、みたいな感じじゃないですか。アタックされているうちに気持ちが変わったのならいいのかも知れませんけど、そうじゃないパターンは最悪ですよ。それで付き合うとか神経を疑いますし、そもそも相手に失礼だと思いませんか。
まぁ、これも本人たちが幸せなんだったら、それはそれでいいと思うんですよ。でも、正直気持ち悪い。口に出さないけど、見てて信じられない。口には出さないけどね。
確かに、皆さんは恋愛を楽しみたいから、そういった関係でもやっていけるんでしょうね。
でも、僕は恋愛を楽しむっていう発想がないので、相容れないというだけかも知れません。僕は、幸せになりたいだけですし、相手も幸せにできたらいいなぁと。そう思って生きているのが自分でも分かります。
人に対してそう思うぐらいですから、自分でもその辺の線引はしています。
彼女がいるのに、他の女性と二人きりでどこかに出かけるというのは、絶対的な悪である、と。だから、僕は絶対にそういうことをしないし、相手にもしないようにお願いしたい。
さて、ここからが本題です。
果たして、
このような考え方が本当に正しいことなんでしょうか。
確かに、僕は今まで上のような考え方で生きてきました。正確には、元カノとの付き合いを振り返って、自分の至らなさを猛省して、このような考え方に変わりました。自分が、いかに無神経だったかを痛感したので。
そして当時、次に付き合った女性に対しては、同じ過ちを絶対に繰り返さないと誓いましたし、誠心誠意向き合って付き合えば、お互いの気持ちが通じるって信じていました。
上でいったような価値観を強く意識して念じていたのは
自分は感情で動くと相手を傷つけるというのを身を以て知ったからです。
僕は彼女がいるのにも関わらず、女性と遊ぼうとした。そこに下心はありませんでした。普通に友達として、遊ぼうとしたことがあります。
でも
自分がそう感じていたとしても、相手がそう思うとは限らないことに気づけなかったのです。
そんな当たり前のことに気づけない僕は
自分で自分に対してルールを定めないとダメになると思い、上のような価値観を強く念じて、きちんと線引きをすることになったのです。
そう、このような考え方は自分にとっての、人付き合いのルールです。
確かに、相手のことを思って、自分の行いを制限するというのは重要だと思うのです。
だから、お互いに相手を不安にさせるようなことはしないようにしよう、と。
でも、この論理には、重要な要素がひとつ欠けていることに気づいたのです。
それは
恋人に対する「信頼」です。
この話はこの動画を見て思ったんですけどね。
僕もいつかこういう活動ができたら面白いだろうなあ、と思っているんですが・・・・・・仮に、自分の彼女がこういう活動をしたい!と思ったとします。
でも、上のルールに従って考えると、男だらけの空間に女性が一人で行くなんて、信じられないことだと感じてしまうわけです。
ただ、そう思うのは
恋人を信頼していないということの現れなのではないかと思いまして。
恋人の幸せを本当に祈れる人であれば、こういう時
「行ってらっしゃい」と手を振れる関係が一番幸せなんじゃないのかと。
他にも、僕にも何人か女性の知り合いがいたりするのですが、共通の友人とかがいないので、会えるとしたら二人きりで会うしかない関係の人っていたりするんですよね。
僕は、そういった関係の人とも、会って話がしたいと強く思ってるんですが、それは恋人に対する裏切り行為だと思っていたので控えてたんです。
真実の愛、なんていうと言い方がキザっぽすぎると思うのですが、本当にお互いを大事にし合える関係だったら、相手が楽しんでくれることを幸せに思うべきなんじゃないかと思うのと同時に、僕もそっちの方が心地よさそうだな、って思ったりしたんです。
そして、自分の恋人にも、性別とか関係なしに、
大切な人と楽しい時間を過ごして欲しいなって思えるわけです。
僕は、恋人とそういう、信頼しあえる関係になりたいし、信頼されたらいいなあと思っています。
そういう関係が、築けたらいいなぁ・・・・・・。
つまり
「抑制」ではなく「信頼」による愛に価値があるんです。
もちろん、相手の信頼を損なわないよう、自分を抑制することも大事です。
でも、お互いに我慢ばかりして、窮屈な関係を強いられるのだとしたら、それは幸せな関係とは言いがたいような気がしてきました。
僕はあまり日記上でこういった真面目な話はなるべくしないようにしていたつもりだったんですが、自分の価値観が大きく変わった瞬間でもあったので、こうして文字にして書き残しておこうかなと思いました。
もちろん、
相手を不安にさせないようにするというのは大前提としてあるのは忘れてはいけません。
でも、そんなに堅苦しく考える必要もなかったことなのかも知れません。大事なのは、信じることですし、相手に信じてもらえることでもあると思いました。