2015.10.16
少し愚痴をこぼしたい時もありますよねえ!?
僕は基本的に合理主義でして、無駄なことってあまり進んでやりたくはないんですね。
で、今の僕にとって
研究がまさに「無駄なこと」に位置づけられつつあります。
以前にも言った通り、僕は言語学をやる羽目になってしまいましてね。
まぁ、着眼点は面白いとは思いますけど、研究するとなるとこれがめちゃくちゃつまんなくてですね。
どのあたりがつまんないかっていうと、
漠然としすぎの一言に尽きます。
例えば、埋め込み文の省略された主語
(例えば太郎は[Δ退職すること]を決めた。という文のΔ部分です。)が一体何なのであるのか、って話を今考えようとしてるんですね。
ルール的なものを考えてみようとすると、まぁ例外とか出てくるわけですよ。
で、統語で解決できない問題にぶち当たると、「じゃあ意味の問題だね^^」となりますし、理論なので日本語でも英語でも基本的には成り立つ考えを提唱しなくてはならないのですが
そもそも異文化から生まれたものにそんな大きな共通性ってあるんですかね?と思わざるを得ないような話も出てきますしね。
というか、たぶんこれが一番大きいんでしょうが
数値化できないというのが一番面白くない。
何が問題なのかすらはっきりしない。そもそも
文法性判断が人によって異なるとかほざいてる時点で気色悪さを感じずにはいられないんですよ。そんな、観測者によって評価値が変わるような例を考えても面白くもなんともありません。だって、非文なら非文で考える必要はないですし、なんで非文なのかを考えるのであれば、正文として受け入れる人がいる時点で意味不明ですし。
そして、文献とか読んでも
あっそう(笑)としか思わないことが多くてですね。
たぶん僕は理屈っぽい男なので、そもそもその理屈がはっきりしないようなこと言われても、興味が沸かないんですよね。
セキュリティとかの研究室だと、こういうセキュリティホールが考えられるけど、これをどう改善すれば良いのだろう?っていうはっきりした問題に着手するのが楽しいんでしょうけど、言語学は「なんかこれは問題っぽいけど、目に見えない何かがあるかもしれないねえ???」とか言ってるような分野なんで、正体不明の敵を探すことに僕は楽しさを感じられません。(笑)
まぁ、本音を言えば院で別の研究室に移りたかったんですけど、結局は持ち上がりを選択したわけですね。
一番大きな理由は
この1年が無駄になるばかりか、1年分のハンディキャップを背負うことになるというところにあります。
そこまでして研究に没頭したいかって言われたら、そうではないです。それで僕は持ち上がりを選択しました。
が、結局この研究室に配属された時点で、僕は研究の楽しさを知ることがないまま終わりそうだなぁーとか思わざるを得なくてですね。
っていうか、同期とか先輩とかいない環境って
想像以上に劣悪だなぁって思いますよ。
人間関係的な孤立なんて別に気の持ちようで何とでもなりますけど、相談とか愚痴とか言える相手がいないって、辛いというよりかは
面白くないんですよね。(笑)
愚痴って、誰にだって言えるわけじゃないんですよね。その前提として
「話が通じる」っていうのがなければなりません。
話が通じなきゃ愚痴ってもしょうがないです。例えば、僕がみなさんにヴィオラ上手くなりたいんだけどどうしたらいいかなーとか言ったところで
「じゃあ練習すればいいじゃん」で終わりますよね。
違うんだよ、そーいうのがほしいんじゃないんだよ!!(笑)って気分の時もあります。
俺もうまく行かなくてさーとか、そういう・・・・・・
仲間意識みたいなのがあるからこそ愚痴って楽しいんですよ。たぶん。
はっきり言って、僕は基本的に愚痴はこぼさないタイプです。
というか、どちらかというと
「愚痴」を楽しむといったタイプです。別に問題解決目的で愚痴とかたぶん言いません。だって自分で探しちゃうし。教えてくれるとありがたいですけどね。
でも、ゲームと一緒で
必要ないから要らないって言いきってるわけじゃないんですよね!やっぱ楽しみはあった方がいいに決まってます。
・・・・・・そもそも、この
生成文法っていう考え方自体、ほんとに存在すんのかよ?ってとこがまず曖昧ですからね。
まぁ、それでも理屈っぽいことを並べれば説明ができる部分もあるので、存在するのかもしれませんけどね。
ということで、この漠然とした世界を楽しむ方法を模索したいなと思います。