昨日はバレンタインデーでしたね。日曜だったので外に出てませんので、今年のバレンタインデーは永遠のゼロでございます。hahaha。
まぁ、昨日はサークルに行ったんですが
義理チョコすら貰えないという快挙を成し遂げたのできっと僕は女性陣から嫌われているんでしょう。
この日のためにもっと後輩と仲良くしておくべきでしたね。
という冗談はさておき。
なんとなく最近は、昔のことを思い返すことが多くてですね。
去年の今頃は楽しかったなーという、割と近い話から、もっと昔の、高校生時代とか、あの辺まで遡ってみたりします。日記は恥ずかしいので見ませんけど。(笑)
このバレンタインの時期は、やっぱり過去の恋愛に関して思い出してしまいます。
ただ、どちらかというと思い出すのは、具体的な思い出というよりはただ反省に近いものだったりします。
自分はろくなことを恋人にしてこなかったと思っているし、恋愛を抜きにしても自分は割と頭がおかしかったと思う。具体的には形容できないし、自分でも当時の自分の心境についてとても理解が及ばない。
これが恋人だけなら良かったんですが、その他の交友関係に関しても似たようなことが言えたりします。
僕はどうしてあんなことを言ったんだろう。どうしてあんな振る舞いをしたのだろう。
お世辞にも僕は常識的な人間とは言えないとは思っていますが、そんな自分ですら当時の自分は非常識極まりなかったと思っている。
まぁ、ほんとはずっと謝りたいなぁとか思ってるんです。自分が今まで関わってきた全ての人に。
オンとかオフとか関わらず、僕が謝りたいと思っている人はたくさんいる。まぁ、そんな機会もないし、わざわざ話しかけるのも気が引けるし、僕みたいな存在は皆さんの中から消えて忘れ去られた方が良いとは思っているんですけどね。
そういうワケで、僕は過去の失敗とか恥をなるべく反省して、自分に活かすことしかできないのです。自分によって傷つけられる人がもういなくなれば良いので。
僕が傷つけてきた人は、きっと皆それぞれ幸せな道を歩んでいます。羨ましいとか思ってはいけません。僕に嫌なことをされた分、皆幸せを掴んでいるのです。それは祝福したいのです。
こう書けば恋人のことしか触れていないように思いますが、その他の、僕と親しくして下さった方々にも、親しくしてくれた恩を仇で返すような真似をたくさんしてきてしまった。
今思い返せば、全く理解が及ばない。けど、かつての自分は、きっと何かが気に入らなかったんだろう。コミュニケーション能力に障害があった。そう、略してコミュ障。(笑)
今は、そういった過去の自分とはたぶん決別できていると自分では思っているから、余計に過去の自分のタチの悪さを自覚して、定期的に後悔してしまう。
いや、たぶん後悔してるだけじゃなく、きっと謝ったら友達に戻れるんじゃないかとか、そんなありもしない期待をしてしまっている所がさらにタチが悪いんですよね。自分のしてきたことを完全に棚に上げて。人ってそんないうほど優しくはないんですよ。
まぁ、過去がダメなら未来だと。そう思う他ありません。
それでも、あの時ああすればとか、あの時今の自分なら・・・・・・とか、そうやって自分の過去をやり直せたらなあとか、思ってしまう。
まぁ、失敗からしか学べないことってたくさんあるし、自分がやたらと失敗してきたから、むしろ成長できるチャンスを得られたんだと思う。でも、それで自分が傷つけてきてしまった人達のことを、自分の栄養だったと忘れ去ることはできずに、あぁいつか謝ることができたらなぁ、いつか話す機会があればなぁ、でも自分は嫌われているしフェードアウトするのが一番正しいんだよなぁ、と考えてしまいますね。
まぁ、過ぎた事を悔やんでも仕方ないですし、自分から話しかけない限りそんな機会は永遠に訪れないことは知っているので、ただ気持ちだけ心にしまっておいて、二度と同じ過ちを繰り返さないようにしようと。まぁぶっちゃけ繰り返す方が難しいレベルなんですけどね・・・・・・具体的には言いたくもないレベルです。そんなのが色んな人に、たくさんしてきました。(苦笑)
・・・・・・こんなことを言うのは、きっと自分が友達を探しているからなんだろう。
自分が本当に苦しい時、味方になってくれる人を僕は失ってしまった。そんな時、昔の知り合いとの関係が未だに続いてたら、自分はもう少し救われたのかなと。そんなことを思ってしまう。
・・・・・・ここからの話は、書こうか書かまいか悩んでいたのですが、自分の中では多分過去の話として位置づけている・・・・・・いや、位置づけたい話なので、まぁもう少しこのようなことを書こうと思った心境について触れてみようかなと思います。
たぶん、僕は鬱病の一歩手前をうろついている気がします。
いや、流石にそこまではヒドいものじゃないとは思いますけど、少なくとも自殺願望は持っていた。ここしばらくはずっと。
そこに至るまでの経歴は・・・・・・まぁ、明らかに彼女と上手く行かなかったことがトリガーなのはお察しの通りですが、それ以上に僕は孤独でした。
自分が辛い時、側に居てくれる人がいないし、吐き出そうにも事情があって吐き出せない。自分の溜まったストレスをぶつける先がどこにも存在せず、本当は死にたくて仕方がないという心の闇を隠して、人には楽しそうに笑顔で話すことにしていた。だって、自分が辛いんですみたいな話聞かされても相手は楽しくないしね。求められないことを強制するのは、僕はあまり好まない。それに僕も、楽しいお話がしたい。
ここにまた、いつでも人と話せるような環境があれば話は違ったのかも知れない。
でも、僕にはそういう環境がない。たまたま、練習に行った時に、手が空いてて話せそうな人がいた時だけ人と喋れる。それ以外の時は、どれだけ話したくても話せない。どんなに人と話したい気分であっても、その気を紛らわす手段を持たなかった。
家族ですら自分の敵として見なしているこの僕に、救いの手を差し伸べてくれるような人はいない。
いや、求めたらきっと助けてくれるんだろうけど、そこまでするのはとても悪い気がして言い出せない。
ここに書いて良い線引を超えた話にならないかどうか心配ですが、僕は先の将来に希望が全く見えない。
その理由はさすがにここに書けないのですが、まぁとにかくこれから先のことを考えると深く落ち込んでしまうわけですよ。僕は何を楽しみにして生きていけばいいんだろうなって。
まぁ逆に、唯一とも言える希望に縋って僕はなんとか人の心を保っている状態でして、実はまったく希望がないわけでもないんですけどね。ただ、それに縋っているだけだから気分が沈んだ時は本当に沈んでしまう。
何で死ななかったのかっていうと、親に借金を残して死ぬのだけは流石に迷惑すぎるだろう、と。ほんとにそれだけの理由です。別に死ぬ時多少苦しくても、それで終われるんなら我慢すればいい話ですし、飛び降り自殺なんかも、まぁ後処理する人には大迷惑でしかないけど、何も考えずに一歩踏み出しちゃえば、後は「取り返しのつかない時間」が流れるだけですし。そんなことを真面目に考えてしまう程度には病んでいたりはしました。
でもまぁ、自分がラクになりたいからって多額の借金を残すのはどうかと思ってしまうので、早いとこお金を稼いで過去を清算して、生きることを放棄したかったわけです。
しかし、死ぬために生きるというのは、とても辛く、何のために呼吸をしているのかも分からないですよね、ほんと。
まぁ、不可避の理由で誰かが僕を殺してくれれば誰もが納得するだろうし、飲酒運転か何かで僕を轢き殺してくれねえかなあとバイク乗ってるといつも思ってたりしました。そして、その度に明らかに精神が病んでる自分に危機感を感じて、このままじゃマズいなぁどう考え方を変えようかなぁと考える毎日でした。
だから、僕は頑張って希望を探した。こういうのは気の持ちようでいくらでも変わるものですし、気分を変えないと自分を苦しめるだけです。
僕だってこの鬱病のフリしてる心の弱いだけの人間であり続けることがとてもしんどいのです。生きててもなんも楽しくない。僕はもっと強い子だと思っているしね。
自分の感情の浮き沈みに振り回されるのも疲れるし、悩んで嘆いたところで現状が変わらないのも知ってる。
だから僕は、自分が納得するような答えを毎日色々出している。
その中で一番しっくり来たのは
「弱音はやることやってから吐くべきだ」と。自分は本当にベストを尽くしているのかと。でも、明らかにそうじゃない。
だから、まだ頑張れるし、まだ頑張るべきポイントがある。全部やってダメだったら、潔く死にましょう。安楽死の方法なんていくらでもあるしね。そう僕は考えている。
それに、頑張っている過程で、希望の光がたくさん見えてきたら、そうした自分の自殺願望なんてすぐに消えてくれるでしょう。ただ、しばらくはその「努力」こそが「希望の光」だと、錯覚ではないですが道標として使っていきたいなと。それが一番、自分にとってベストな考え方なんでしょう。
だから、僕はもっと熱い男になる。数字もちゃんと出す。いや、出せるような男になる。決して諦めたりはしない。諦めて弱音を吐いても、自分が辛いだけだから。
そうして頑張っていたら、自分のことを見てくれる人も現れるだろうし、それが自分の魅力になってくれるはずだ。僕は強い男なのだ。
そう念じて、気が滅入らない程度に、ある程度肩の力を抜いて頑張ることで、自分の闇の部分と戦おうと思っているわけですね。
それでもちょっとしたショックでまた気疲れしてしまうんですけど、それでもやることやってない内は弱音なんか吐く資格なんてないわけですし、自分がそれで納得できているのならそれで良いのです。
どうしても我慢できなくなったら、エシディシ宜しく「あァァァんまりだァァアァ」って家で一人でやれば結構スッキリすると思うんですよね。(何)
まぁ泣こうと思って泣けるほど泣き慣れてはないですけど、実際泣いた時は結構スッキリしたりするものですし。(笑)
自分を追い詰めている原因に、こういう場ですら触れられない辺りが余計にその要因になっている気もするのですが、まぁ自分で決めたことすら守れないような脆弱な人間になりたくないというプライドもあるし、やっぱり自分のルーツはそう簡単に変えることができないというのもあります。
僕が苦しんでても、他人には関係ない話でしかないので。自分のケツは自分で拭かなくてはなりません。人に助けをすぐ乞うようじゃ、ずっとそれに甘えっぱなしだ。
そんな、助けてくれるような人にいつか巡り会えることを、ただひたすらに信じて生きていった方がきっと楽しいでしょう。
僕はそう思い、自称鬱病患者から脱却できたらなぁとか思ってたりします。
でも、こういったことを相談できる相手が居たら、もっとラクに心を安定させることができるんだろうなぁーとか、そんなことを考えてたりします。
ま、僕は幾多の経験を活かして、自分で自分の心をコントロールできる人間だと思い込んでいるので、どんなに心を打ちひしがれても、なんとか最適解を探すだけの根性は持っていると信じてますし、事実やれるだけのことをやってない時点でそうして弱音を吐いても
「じゃあもっとやればいいじゃん」で片付けられるわけですしね。努力とは便利な言葉です。やれば良いだけですし。
そしてここにこうやって書くことで、後に引けない状況を作り出そうとしています。(笑)
こんなガチなトーンで喋っといて中途半端なことやってられませんからね!!!
ということで、明日はその「努力」の方向性の話をしたいなぁと思っています。
人が希望を見出していく過程って、結構面白くないですか?(笑)楽しんでくださいね。←