母親の誕生日とか日記で取り上げたことなんて一度もないと思うんですけど、ふっと思い出したので書いてみます(笑)
とはいえ、僕は祝ったこともないですし普段は完全に忘れてるんですけどね。まぁ何度か書いているとおり
僕の家庭環境は完全に死んでいますので(笑)
別に今更いがみ合うつもりはないし、お互い可能な限りフェードアウトしていきたいなといった感じなんですけどね。
家族とは、お互いがお互いに、馬の合わない部分があったと思いますし、いまさらそれを修復することなんて僕は不可能だと思ってますし。
そういう態度は、大学を卒業してスネをかじらなくて済むようになった時から露骨に態度に出してしまいましたし、まぁそれはちょっと早とちりというか、「両親と絶縁する」という、中学時代ぐらいからの夢をあまりにも早く叶えようとしすぎたのもあります。
カネの切れ目は縁の切れ目というか、今も昔も僕と両親をつなぐのは金の問題しかありません。僕は少なくとも、教育ローン分は返さなくてはいけない。
それは、好きとか嫌いとか以前に、人としてやるべきことであるからだ。
でも、その他の教育費等は、親として果たさなくてはいけない責務であることは確かだ。だからこそ僕はずっと耐えてきたのだ。
僕の家族間での問題は、別にこの日記でいちいち取り上げることもしないつもりだし、僕にとっては今となっては些細な問題でしかないのですけどね。思い出さなければ無害ですし、僕には家族がいないと本気で思っているというか、感じています。家族がどういう存在なのか、本当に僕は思い出せなくなってしまった。声も顔も正直思い出せませんし。もう5年ぐらい会ってないですしね。
それと同時に、別に会って話がしたいとも思わないですし。会って話したところで、ストレスしか感じないですし。特に理由とかは明確にあるわけじゃないんですが、単純に癪に障ることを言ってくることが多いのもあるし、いままで積み重なってきたすれ違いが、僕の心にフィルターを作っているのかも知れませんね。
こういった話をすると、時々
「親には連絡を取ったほうがいい」とか、そういった話をよくされることです。
そういう話をされる度に、僕は
それはまっとうな親の下に生まれた人間の理屈だろと思ってしまうのですが、まぁ世の中の不幸はそれを肌身で感じた人にしかわからないものだとも分かっていますし、そうですねえと僕は流すことしかできません。
別に、本心なんて敢えて人に言う理由なんてないですしね。世間一般には、子供は親に感謝すべきで、親と子供はなんだかんだ言って仲の良いものですからね。そう、いわれているものですから。
人は自身のバイアスでしかモノを語れないものです。それは僕自身も、そう。
一般的な人間には、中学時代からずっと、早く独り立ちして親と会話しなくて済むようにしよう、絶縁したい・・・・・・と思い続けてきた人間の気持ちも想像できないと思うのです。この人たちはなんでいつもこうなんだろう・・・・・・?と、ずっと疑問に思い続けてきた、冷めた目で親を見る人間の気持ちも理解できないものです。こういう僕が置かれている状況も異常なものだと理解しているからこそ、別に理解されるとは思っていないのです。
僕にとって親と子が仲良く会話できるのが理解できないように、皆さんにとっても僕が頑なに親と連絡を取りたがらないのも、理解できないものです。
当然、僕にだって理解できない人の悩みとかあるんでしょうしね。理解できてないから、想像もできないんでしょうけど。
人間同士のすれ違いってそういうものですしね。もしかしたら、僕がおかしいだけなのかも知れない。でも、紛れもない"僕"がイヤだと感じているのだから、"僕"には合ってない、それだけの話なのかも知れませんけどね。
ま、いつか暇があれば、両親にそれぞれの欠点を指摘したいなとは思ってるんですけど、露骨に嫌った態度を見せたので向こうも僕と会いたくないかも知れません(笑)
とはいえ、僕自身の感情ももはや風化しており、正直どうでもよくなっているんですよね。
別にわざわざ家族のことを思い出したくもないし、思い出す必要性も感じない。「ああそんな人がいたなあ」程度の感情しかない。
しいてあげるとすれば、そう遠くない未来にもう二度と親と会えなくなる日が来ると思うのだが、そんな時に僕はどんな感情を抱くのかなと楽しみにはしていたりする。
でも、僕のそういった感情は、思い出すだけで僕自身も悲しくなる。僕もほんとは、一般的な家庭のように、信じ合える家族関係というものが欲しかったなあと。僕だって寂しいのだ。
僕たちは何がいけなかったんだろうと思うことはあるが、考えてもわからないし、性格と価値観の不一致としか言いようがない。もうお互いに取り返しのつかないミスをしているのだろう。
僕ももう二度と、自分から関わりたいとも思わないし、もちろん家族もきっと愛想を尽かしていることだろう。そういうものである。
僕からしてみれば、両親自身が撒いた種であると思っているが、僕も僕で今ならもっと上手いストレスの避け方とか、両親の理解できない価値観を理解する術も持っていたのかも知れない。
もう記憶も風化しており、具体的に何が気に入らなくて何がダメだったかなんて断片的にしか思い出せない。
でも、ただひとつ言えることは、少なくともお金絡みで連絡を取らなくてはいけないので、それを思い出すとストレスになることである。
きっとそれが、僕の本心なのだろう。もう修復しようのない、綻びなのかもしれないね。
まあ何がともあれ、誕生日はおめでとうといった感じだ。いま母親が何歳なのかは計算しないとわからないが、自分にも母親という存在が一応存在していることを珍しく思い出す日である。
もう顔もあんまり思い出せないが、次に会うのは一体いつになるのか、あるいはもう二度と会うことがないのか、それはまだわからない。
自身がそういった悲しさを背負っているので、自分に家族ができたらこうはさせないと強く誓っているが、僕はきっと孤独死していくのかなあと最近では漠然と思っており、僕の夢は叶わないのかもなあとも思っている。